甲状腺機能異常のパターンとその解釈
はじめに
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TSH(甲状腺刺激ホルモン)
脳の下垂体から出る指令ホルモンです。甲状腺に「もっと働いて」「少し休んで」と合図します。 -
free T4(遊離T4)
甲状腺が作るホルモン(T4)のうち、体で実際に働ける“自由な”分の量です。
体の調整のしくみ(負のフィードバック)
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free T4が少ない → 体は甲状腺ホルモンが足りないと判断し、TSHを上げる(甲状腺に“もっと作って”の合図)。
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free T4が多い → 体は甲状腺ホルモンが多すぎると判断し、TSHを下げる(“作りすぎないで”の合図)。
この関係を、図では縦軸=TSH(下ほど低い/上ほど高い)、横軸=free T4(左ほど低い/右ほど高い)で表しています。
各マスは「体の中で何が起きていそうか」を大まかに示します。
1)原発性甲状腺機能低下症
該当マス:左上(TSH高 × free T4低)
甲状腺そのものの働きが落ちており、free T4が不足しているため、体がTSHを上げて助けようとしている状態です。
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よくみられる症状:だるさ、寒がり、むくみ、便秘、体重が増えやすい、気分の落ち込み など。
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原則として治療(甲状腺ホルモンの補充療法)を行います。
2)潜在性甲状腺機能低下症
該当マス:中央上(TSH高 × free T4正常)
free T4はまだ基準内ですが、体はfree T4が足りない気配を感じてTSHを上げている状態です。
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TSH≧10μIU/mLの場合や、そうでなくても甲状腺機能低下症の症状がある方・悪玉コレステロールが高い方は、治療(甲状腺ホルモンの補充療法)を検討します。
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妊娠中・妊娠を希望している方は、TSH≧2.5μIU/mLのごく軽度な甲状腺機能低下症でも不妊の原因となるので、治療を検討します。
3)中枢性甲状腺機能低下症/
NTI(Nonthyroidal illness)
該当マス:左中(TSH正常 × free T4低)、左下(TSH低 × free T4低)
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中枢性甲状腺機能低下症:脳(下垂体)からTSHがうまく出せず、結果としてfree T4が低くなるタイプ。
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NTI(非甲状腺疾患時の変化):大きな病気や強いストレスのとき、からだが省エネモードになり、一時的にTSHやfree T4が低めに出ることがあります。甲状腺自体に異常があるわけではありません。
ここがポイント
- NTIの除外がまず必要です。
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中枢性甲状腺機能低下症が疑われる場合は、下垂体等に異常がないか、他の下垂体ホルモンの分泌の異常がないかの検索を行います。
4)正常パターン
該当マス:中央中(TSH正常 × free T4正常)
時々free T3という、もう一つの甲状腺ホルモンが低値であることがありますが、TSHとfree T4が正常であれば、先述のNTIに該当し、甲状腺機能には異常はありません。
5)潜在性甲状腺機能亢進症
該当マス:中央下(TSH低 × free T4正常)
free T4はまだ基準内ですが、体はfree T4が多めである気配を感じてTSHを下げている状態です。
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多くは定期フォローで様子を見ます。
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持続すると不整脈(心房細動)や骨粗鬆症などの原因となることがあり、治療を検討することもあります。
6)原発性甲状腺機能亢進症
該当マス:右下(TSH低 × free T4高)
甲状腺からホルモンが出すぎており、体はブレーキとしてTSHを下げています。
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よくみられる症状:動悸、汗が多い、暑がり、手のふるえ、体重減少、いらいら・不眠 など。
- 破壊性甲状腺炎(無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎など)の初期と、バセドウ病などが原因となります。これらを見分けるため、甲状腺エコーや、甲状腺の抗体検査を行います。
7)SITSH(不適切TSH分泌症候群)
該当マス:右中(TSH正常 × free T4高)、右上(TSH高 × free T4高)
本来、free T4が高ければTSHは下がるはずです。ところがSITSHでは、TSHが下がらず正常〜高値になります。
- 基本的には破壊性甲状腺炎の最初期や、NTIの経過を見ていることが多いです。
- TSHを作る下垂体の腫瘍や、体が甲状腺ホルモンに反応しにくい体質(甲状腺ホルモン不応症:RTHβ)であることもありますが、稀です。数か月たっても、あるいは測定法を変えてもSITSHが持続する場合は、これらの病気の可能性を念頭において、下垂体MRIや遺伝子検査などを検討します。
判定のときの注意
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薬やサプリ(ステロイド、アミオダロン、ビオチンなど)で値が変わることがあります。
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一時的な変化や測定の影響が混じることがあります。必要に応じて再検査や別の測定方法で確認します。
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妊娠・高齢では基準や対応が異なることがあります。個別にご相談ください。
まとめ
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TSH × free T4 の位置関係で、おおよその状態が整理できます。
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「潜在性」は早い段階のサイン。多くは経過観察ですが、状況によっては治療や追加評価を行います。
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中枢性、NTI、SITSH のような例外パターンもあります。